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真央ちゃん、焦らずに、ゆっくり戻ってきてね
浅田舞・真央姉妹のお母様の訃報。
本当に驚きました。

私は、久しぶりに実家に帰ると、離れている分、両親の老いが見えて、いつも切なくなるのです。
いつか来るであろう「その日」を想像することさえ、私にはできません。
親との別れというのはどれほどの悲しみだろうかと思う。

成田でたくさんのフラッシュを浴びる真央ちゃんに胸が詰まりました。
私よりずっとずっと若い女の子が耐えている悲しみに涙が出ました。
そして、まだ年若い二人の娘を残して旅立たれたお母様の胸中はいかばかりかと。
お母様のご冥福を心よりお祈りいたします。

お父様が発表されたコメントを読んだ時、姉妹を守ろうとするお母様の強い気持ちを感じました。

「この度は、皆様に大変ご心配をおかけしております。本来なら、故人が生前お世話になった皆様にも最期のお別れをさせていただかなければならないところ、誠に勝手ながら、生前からの故人の強い希望で、葬儀は家族だけで執り行わさせていただきます。舞も真央も、母のやすらかに眠っているような顔を見て、やっと苦しかった闘病生活が終わったことを自分たちなりに納得し、今は気丈にしています。今後とも、娘たちを温かく見守っていただけますようお願いいたします」
(お父様・敏治氏が発表されたコメント)

ヤフーのこちらのコメント。昨日の時点で「そう思う」は28000点を超えていました。

「浅田姉妹を守るための母の最後の愛がこの身内だけの葬儀なんだろう。マスコミは行くなよ!」

私も、「そう思う」を一万回くらい連打したい気持ちです。
お父様のコメントは産経新聞の記事からの転載ですが、「名古屋市内の閑静な住宅街にある自宅は終日、ひっそりとしたままだった。」との記述がありました。
浅田家の前にはマスコミが張りついているのでしょうか。
一昨日、街を歩いていたら、キオスクの前の大きな新聞の字が飛び込んできました。「浅田 引退」 と。
本当に、日本のマスコミは最低だけれど、特に、真央ちゃんのことは、今までの黒歴史が多すぎて、これ以上、真央ちゃんを傷つけないでと祈るような気持ちです。

昨日、銀メダルが確定した後のインタビューで、浅田選手について問われた時の高橋選手の言葉がとても印象的でした。

インタビュアー
「日本選手、喪章をつけてました。本当にいろんな思いで、真央さんも日本に帰国したと思うんですが、どんな思いを込めて、皆さん、滑っていたんでしょうか。」

高橋選手
「そうですね。まあ、あの・・・・本当は彼女もすごく出たかったと思いますけど・・・その分、僕も・・・僕たちがこの場所で頑張ってやろうっていう気持ちは持って滑ってましたかね。
彼女がこれからどういうふうにね・・・もう一回頑張って戻ってくるのかなと、まあ、そこが本当に心配なだけですかね。はい。
でも、あんまり焦らずにね、ゆっくりちゃんと向き合って、出来ると思ったら、戻ってきてほしいなと。」



こういう場面での高橋選手は「一問一答」式というか、愛想が悪いというのでは決してないけれど、割と短い受け答えが多い印象だったので、ひとつの質問に対して、こんなに長く話すのは珍しいと思いました。本当に浅田選手を気遣っている気持ちが伝わってきました。
「あんまり焦らずにね、ゆっくりちゃんと向き合って、出来ると思ったら、戻ってきてほしい。」

ファンはみんな、同じ気持ちで、その日まで静かに待ちたいと思っているはず。
マスコミの皆さん、本当にお願いしますよ。


そして、お父様のコメントでもうひとつ。「やっと苦しかった闘病生活が終わったことを自分たちなりに納得」というところに、私は驚きました。
昨シーズンから、真央ちゃんが痩せすぎじゃないかと思うことがあったのですが、そういう心労もあったのでしょうか。
今年の春から真央ちゃんはアイスショーでたくさんの笑顔を見せてくれましたが(「ラブ注入」とかすっごくかわいかった)、その時も、お母様の体調は良くなかったのでしょうか。
今まで頑張ってきた真央ちゃんの気持ちを考えると、もう、本当に本当にそっとしてあげてほしいと思います。


「浅田真央 Book for Charity」(学研)
(残念ながら、この本は既に販売が終了されています。 )
夏に届いていたのですが、私も忙しくしていて、昨日、ようやく読みました。
私は昨年から浅田選手が佐藤信夫コーチに指導を受けるようになったことの意味深さを考えながら、読み進めていました。
本の冒頭、佐藤信夫コーチの指導が始まってまだ4,5回目の時のエピソードとして、こんなことが語られています。



信夫コーチからスピンの技術を初めて習ったのが前日のこと。その技術を早く自分のものにしようと、この日も練習に励んでいた。ふと、信夫コーチが言った。
「何回まわれるか、ちょっと挑戦してみるか。数えていてあげるから、やってみなさい」
信夫コーチにしてみれば、それは練習の合間の「ちょっとした遊び」の提案だった。結果は二の次、真央の気分転換になればそれでいい、と信夫コーチは思っていた。
でも、真央は真剣だった。それまでは一回の助走で30回程度しか回れなかったスピン。信夫先生に習った技術で、どこまでいけるか試したい。
「はい」と答えて、助走を始める。リンクを大きく使って加速し、体をトップスピードに乗せてから、スピンに入った。
体が、体験したことのない速度で回り始める。あまりのスピードに、真央自身は途中から、自分が何回まわっているのかわからなくなった。
もうここが限界、というところまで回ってから、回転を止めた。
「先生、どうでした?」
信夫コーチは穏やかに言った。
「うん、100回を超えていたよ」
「ええ!」
びっくりした。信じられなかった。わずか2日で、こんなに簡単に回れるようになるなんて。真央は思った。やっぱり信夫先生はすごい。
一方の信夫コーチは、穏やかな口調とは裏腹に、驚きのあまり「唖然とした」という。
「あの瞬間は、はっきり記憶に残っています。まだポイントを押さえて、スピンの基本的な技術を指導しただけの段階でした。スピンに入った時の姿勢がとてもよかったので、うまくはまれば、結構な回数が出るだろうと予測はしていました。しかし、まさか一気に100回を超えてくるとは。驚きました。数えながら唖然としたのを覚えています。」



本の冒頭に出てくるこのエピソードを読んだ時、言い方が合っているのかわかりませんが、ホッとしたんです。「大丈夫だ。真央ちゃんにはコーチがいるから大丈夫だ」と。
この本の中には、信夫コーチだけでなく、久美子コーチの気配りや、小塚嗣彦コーチのエッジの研磨といった「コーチ体制」のはなしも出てきます。
信夫コーチの誕生日プレゼントを小塚選手と一緒に買いに行った時のほんわかエピソードなどもあり、私は読み進めていくうちに、真央ちゃんは今、本当に素晴らしいコーチや素敵な仲間たちに囲まれているんだなと思いました。

「母」という存在はかけがえのないものであり、失った空洞は決して埋められるものではないのだろうけれど。

「コーチ不在」という状態も長かった浅田選手。
この本には「信夫先生はもちろん、コーチの方たちにはすごくいい指導をしてもらっています。勉強になるアドバイスばかりで、毎日がとても充実しています」という言葉が載っていました。



「真央ちゃんが今進んでいるのは、決して楽な道ではありません。ジャンプだってスケーティングだって、いったん覚えた技術をすべて忘れて、もう一度、組み立て直さなきゃいけない。でも、彼女ならやり遂げるでしょう。今、ここからが、本当のスタートなんです」(杉田秀男氏)

「佐藤先生は基礎にじっくりと時間をかける方です。だから、『今シーズン勝負しろ』とは絶対に言わなかった。ここからが、本当の勝負です。今の真央ちゃんにあるのは、のびしろだけ。本当にのびしろだらけと言ってもいい」(藤森美恵子氏)
「浅田真央 Book for Charity」(学研)より転載 )





真央ちゃんがリンクで転び続けた昨シーズン。
当初、マスコミは、浅田選手と佐藤コーチがどれほどすごいことに取り組んでいるのかをまるでタブーであるかのように報じず、「不調」「スランプ」とばかり繰り返していました。
そして、今シーズン。
そんな声に揺るぐことなく、真央ちゃんと佐藤コーチは6種類のジャンプを取り入れたり、「オールレベル4」をとったり、「(今の武器は)すべて」と言えるようになったり、まだ誰もたどりついたことのない「高み」へと着実に進んできた。
そして、しっかりとした信頼関係も深まっていた。

かけがえのないお母様との別れはとてもとても悲しくつらいことではあるでしょうけれど。
真央ちゃんを悲しみから立ち直らせるものはやはりスケートだけだと思うから。
その別れが「コーチ不在」の時ではなく、佐藤信夫・久美子コーチとの信頼関係もできていた今であったということは、せめて、大きな悲しみの中での救いであるし、とても大きない意味を持つのではないかと本を読みながら、思いました。


そして、この本のあとがきは、豊橋でのチャリティ演技会の直後、お母様から聞いたというはなしで結ばれています。
私は、涙が止まらなくなってしまいました。
以下、転載させていただきます。



今シーズンの真央は、すごく成長したと思います。苦しいシーズンだったと思うけれど、それでも、すごく大切なシーズンを過ごしたのだと思います。
真央が「チャリティをやりたい」と言い始めたのは、去年(2010年)の夏ごろのことでした。「今までたくさんの人に応援してもらったんだから、これからは自分が、誰かの役に立ちたい」って。私も「それはすごくいいことだから、ぜひやりなさい」と言った覚えがあります。それはきっと、真央を、人間的に大きくしてくれると思いました。
今回の震災で、真央はすごく悩んでいました。それが、シーズンが終わってようやく、被災地のお役にたてる時が来た。
私は、真央には、真央にしかできないことがたくさんあると思っています。今回のチャリティイベント(愛知フィギュアスケートチャリティ演技会)もそうですし、他にもたくさん。真央らしいやり方で、前に進んでほしいと思っています。
私はこの一年、リンクには行っていません。全日本は、大事な大会だから見ておこうと思って行きましたが、それ以外は、練習も含めて、一切。
だから、私は真央が、今どんな技術に取り組んでいるのか、具体的には分かりません。ただ、ものすごく難しいことに取り組んでいることだけは、表情を見れば分かります。
真央はきっと、やり抜くと思います。真央は器用な人間じゃないから、一つ、一つ、コツコツ積み重ねていくしかありませんけど。
それでも、その努力を真央は惜しみません。真央はいわゆる天才じゃないけれど、練習を積み重ねていくことの天才ではあると思っています。
好きなんですよ、真央は今でも、フィギュアスケートが大好きなんです。
海外に行った時にも、スケート靴のミニチュアに着いたストラップとか、スケート靴の刺しゅうされたスカーフとか、そういうものを買ってきたりする。
オリンピックシーズンが終わっても、真央はずっと、それまでどおりの練習を続けていました。「さぼりたいって思わないの?今日一日、リンクにはいきたくないって思わない?」と聞いても、「全然思わない」って言うんです。
我が子ながら、「なんで真央はあんなに夢中になって練習できるんだろう」って、不思議になりました。それで、真央に聞いたんです。「なんでそんなに頑張れるの?」って。
そうしたら真央、「お客さんと一体化したいから」って言ったんですよね。
「自分が完璧な演技をして、お客さんがスタンディングオベーションをしてくれて、みんなが幸せになれた時はものすごく感動する。その感動を、もう一度味わいたい」って。
これからも真央には、いろんな経験をしていってほしい。スケーターというだけではなく、もっと大きな人間になって欲しい。きっとなれるって、私は信じています。











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