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8月15日靖国神社(其の四)-「家族」のように
突然ですが、実は私、子どもの頃、戦争でたくさんの方が亡くなったから、「お盆」というのがあるのだと思っていたんです。
今となっては「大カンチガ~イ」に赤面するばかりですが、いやいや、案外いいところをついていたかもよと、ふむふむ言いながら、靖国神社から帰ってきました。

「お盆はご先祖様の霊を迎えて、ごちそうを備えて供養し、また送り出す行事」 だそうです。

あの世とこの世が一年でいちばん近くなる日。
あの世とこの世がつながる日。
一年の中でいちばん自然に、亡くなった身内やご先祖様の話を家族でするであろう「お盆」に、この「8月15日」という日があることの意味。
   
ご先祖様や身近な家族を迎えるのと同じ気持ちで、戦争で亡くなった方々をお迎えし、お送りできるように、日本の神様が未来を生きる日本人のために、そうしてくれたのではないかと、そんなことを思いながら、靖国神社から帰ってきました。

それは、前の晩に、「歸國」 というドラマを見たこともあるのかもしれません。
このドラマをご覧になった方も多いことでしょうし、賛否両論あるかと思います。
私は、「え。ちょっとちょっと、そんな短絡的な説明したら、勘違いする人が出るんじゃないの」とか、「え。そこでいきなり刺すって、しかも、現実に死んじゃうってアリなの」とか、スルーできないところが多すぎて、あの世界に入りきれなかったのですが、心に残る印象的な場面と台詞がいくつかありました。

ひとつは、長渕剛さん演じる秋吉部隊長が荒れ果てた実家の床に座り込んで、埃にまみれた両親と自分の遺影の汚れを拭う場面。
そして、ドラマの終盤、東京駅で軍用列車に再び乗り込む直前に、秋吉部隊長が絞り出すような声で言ったこの台詞。
30万の英霊が南の海のあちこちに少しずつ固まり、忘れられたまま日々を送っている。死んでいった俺達の世代を思い出して感謝して・・・いや、感謝などしなくていい、思い出してくれればそれで十分だ。そう思うことを心の支えにして、冷たい海底へまた沈んでいく
  
ならば、ひとりでも多くの日本人が、戦争で亡くなった方々に思いを馳せるようにするための最適な期間はいつかと考えた時、「お盆」ほど適切な期間はないのではないだろうかと思ったのです。
実際に、戦争でお身内を亡くされた方も、そうでない私のような者も、戦争で亡くなった方々を大きな意味での「家族」として、お迎えし、お送りしたらいいのではないかと。
靖国神社でも、近くの護国神社でも、あるいは、迎え火や送り火をたく庭先でも、そういう「気持ち」をひとりでも多くの日本人が持ち続け、伝えていったらいいのではないかと。
だって、こういう言葉を聞くと、「もうみんな『家族』ってことにしようよ~」と叫びたくなるのです。





小野田寛郎氏 「僕のいた島には、召集兵がたくさんいたんですよ。そういうのを見て、妻帯者はかわいそうだ、俺たちは独り身だからいいと思ったものですが、今になってみると、残された遺族が大変だったということはあったかもしれないけど、妻帯者は家族にお祀りしてもらえるんですよね。我々独身者は、親兄弟死んだらもう誰もいないんですよ。そう考えれば、かえって独身者がかわいそうだったのかなと思いました。だけど、そう思うのも、靖国神社の問題をちゃんとしてくれないからなんですよ。」

中條高徳氏 「靖国神社は、そういう人たちすべての拠り所なんだよなあ。」

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また、「歸國」の脚本を書いた倉本聰氏はこのように語られています。
「あれよあれよという間に、経済と科学文明の中で己を見失って狂奔している今の日本人の姿を見たら、一体、彼らは何を想うのか。怒りと悲しみと絶望の中で、ただ唖然と立ち尽くすのではあるまいか。」
( 「歸國-終戦ドラマスペシャル」HPより脚本・倉本聰 )
今の日本を憂う方のブログや本の中でも、「こんな日本のために英霊の方々は尊い命を捧げられたのか」 というような言葉をしばしば目にします。私自身、ずっと心のどこかにそういう思いがありましたし、多くの日本人が「便利さ」を享受しながらも、「バツの悪さ」を抱えて生きているように思います。
  
だから、でしょうか。
放鳩式の時に、 「小さなたなごころを合わせることが何よりのお参りになります」と子どもの参加を呼びかける宮司さんの言葉に、私は強く心を動かされたのです。
そして、これから折にふれ、子どもと一緒に、靖国神社に足を運ぼうと決めました。
   
「まるまると満ち足りた子どもの笑い声が響く日本」
   
それは、英霊の方々が望んだ、「その先」の日本の姿のひとつであると信じたからです。
無邪気に笑う、むっちむちの我が家の元気な娘の姿を見ていただきたいと思ったのです。

 
もちろん、今も、誰に顧みられることもなく、異国で風雨にさらされている115万柱のご遺骨をそのままに、魂は靖国神社に集っているのだと都合のいい解釈をしているわけではありません。
  
「歸國」でも、長渕剛さん演じる秋吉部隊長は「30万の英霊が南の海のあちこちに少しずつ固まり、忘れられたまま日々を送っている」と語り、小栗旬さん演じる木谷少尉も「一緒に連れていって」とすがる恋人に、「俺たちのいるところは天国でも地獄でもなく、一緒に戦って死んだものたちが小さく固まっているところ」だと話しています。
その場面を見ていて、思いだした文章があります。




「すぐそこに遺骨があるのが見えていても、温度が高かったり酸素が薄かったりして収容することができず、申し訳なさに涙が止まらなかったこともある。遺族にとって、この島に眠る骨はすべて肉親の骨と同じなのである。
(父親を硫黄島で亡くした)山際ははじめ、軍手をはめて作業をしていた。しかしすぐに、素手で骨を拾うようになったという。
『軍手をしていると、いったん掴んだ骨が手から離れないんです』
火葬にした骨は表面がサラサラしているが、置き去りにされた遺体がそのまま風化した骨は、表面がべたついている。だから軍手にくっついてしまうのである。それはまるで、やっと本土から迎えに来てくれた人の手から、絶対に離れまいとしているかのようだったという。」

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【内容情報】(「BOOK」データベースより)
水涸れ弾尽き、地獄と化した本土防衛の最前線・硫黄島。司令官栗林忠道は5日で落ちるという米軍の予想を大幅に覆し、36日間持ちこたえた。双方2万人以上の死傷者を出した凄惨な戦場だった。玉砕を禁じ、自らも名誉の自決を選ばず、部下達と敵陣に突撃して果てた彼の姿を、妻や子に宛てて書いた切々たる41通の手紙を通して描く感涙の記録。大宅壮一ノンフィクション賞受賞。





戦後65年。
知るたびに、どうしていいかわからず、うずくまってしまう、多くの事実があります。
今なお、日本において、あの戦争は終わらず、時間が経過した分だけ、問題は複雑に、大きくなり、解決は困難に思われるばかりです。

だから、今は、自分ですぐにできることを数えていこうと思います。

「こんな、今の、日本のために」 なんて、言う方も言われる方も、ただかなしいだけだから。

まずは、できることから自分が変わっていくんだ。



<心優しい皆様へ-お詫び>

「8月15日靖国神社シリーズ」は今回が最終回です。長い記事にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
そして、たくさんの拍手、コメントを本当にありがとうございます。
なんせ、トリアタマなものですから、まずはこの記事まで書きあげてしまわないことには落ち着かなく、方々へ不義理をしております
いただいたコメントはすべて、ありがたく、嬉しく、読ませていただいております。
必ず、お返事させていただきますので、もう少々、お時間をいただきたく、お願いいたします。
そして、 「まつりごと女子☆倶楽部」の皆さ~ん。楽しくなってきましたね~ これぞ「女子のノリ」って感じがブラボー あちらの更新もお休みしていて、申し訳ありません



<参考>

『白鳩の会』のご案内』 (靖国神社HPより)

現在、靖国神社には約300羽の白鳩がおり、境内の鳩舎で大切に飼育されています。
白鳩の飼育管理と会の運営は、靖国神社白鳩の会会員の御協賛によって維持されています。

▼白鳩の会の趣旨▼
本会は、平和の象徴といわれる純白の鳩を境内に放ち「みたま」をお慰めすると共に、その鳩の美しい姿を通じて、やがて成長し、次の世代をになう少年少女の心に、平和の尊さと「みたま」に対する崇敬の念を育むことを目的としています。

▼御入会について▼
  1、会員は年額千円以上の会費を奉納する個人とします。
  2、会員から奉納された会費は、鳩舎の管理維持と白鳩の飼育に充てられます。
  3、会員には御入会の際、記念品をお贈り致します。 







<関連記事>

【日の蔭(かげ)りの中で】京都大学教授・佐伯啓思 「戦死者を思い出す」 (2010.8.15産経) より一部転載。
ぜひリンク先に飛んで、全文をお読みいただければと思います。




 ポツダム宣言を受諾して日本は敗北した。「敗戦の日」である。実際、終戦になるのは9月2日のミズーリ号での調印であって、8月15日は戦闘終結もしくは日本の降伏の日であった。それを「終戦記念日」とすることによって、戦争は終わったことにした。そこから新しい日本が始まるという了解がうまれた。
「終戦」の記念日はまた、「戦後の開始」の記念日でもあった。暗く絶望的なものの終わりは、明るく希望に燃えたものの始まりであった。戦後、われわれは、この記念日をそのようなものにしたのである。 (中略) こうして、いったい何を記念したのかわからぬうちに戦後は六十数年が過ぎてしまった。

(中略)

 死者たちに思いを致すということは、別の言い方をすれば記憶するということである。そして記憶することは難しい。もっと正確にいえば、記憶したと思われるものを思いだすことは難しい。まして、戦後生まれの者にとっては、戦死者さえも想像裏のものでしかないのだから、小林秀雄ではないが、想像でしかないものを「うまく」思いだすことはたいへんに難しい。だから、思いだすことは、「うまく」想像することでもあるのだ。

(中略)

 私には、もしも戦後日本において倫理の基盤があるとすれば、それは、あの戦死者たちへ思いをはせることだけであろうと思う。それは、特攻を美化するなどという批判とは無関係なことであり、また、靖国問題とも次元の異なったことである。われわれは、侵略戦争であったのなかったの、といったあまりにあの戦争の性急な歴史的評価にこだわり過ぎてきた。私が述べている戦死者への思い、とはそのような歴史的解釈以前の問題である。
しかし、確かにいえることは、敗戦の日であるはずの「終戦記念日」を、やがては「戦後」の開始の日とみなして、そこに自由や民主主義の戦後空間を作り出したとき、われわれは戦死者を「うまく」思いだすことをやめてしまったのである。





<補足>

「靖国神社の真実の姿は「マスコミの報道しない自由」の中にある(其の弐)」でもご紹介した向井理さんの発言ですが、やはり韓国で波紋が広がっているようですね。
「著名人である彼が、賛否両論を呼ぶ話題を取り上げることに頭が下がる」シネマトゥディ)という意見に「そうだそうだ」と頷きかけて、「だけど、これって『当たり前』にできなくちゃいけないことだよね」と気づきました。
「今ある自分」に真摯に向き合ったからこそ生まれた素直な気持ちを綴った記事であり、誰にはばかることも、遠慮することもないはずなのです。
けれど、「言論の自由」という建前を誰も否定しない日本においてそれは、「頭が下がる」「勇気ある」行為だと、多くの人が感じている。 とっつかまえるべき反国家的な発言を繰り返す人物がのうのうと「閣僚」に居座り続けているのに。 
今の日本で、そして、芸能界というきわめて特殊な世界に身を置く若い彼が、今、どのような渦の中にいるのか。
想像することしかできませんが、せめて、心ない言葉を投げつける人よりも、彼の言葉に励まされ、心から応援している人の方がずっとずっと多いことを伝えたくて、ブログにコメントをさせていただきました。今、コメントの数は4000を超えています。

「幸せ-向井理オフィシャルブログ」
↑何事もなかったかのように、何気ない記事が更新されていて、ホッ


最後に、靖国問題をさらに確実に面倒なものにした、仙谷官房長官の妄想と執念を記録しておきます。

・ 【正論】拓殖大学客員教授・藤岡信勝 日本がハングルを学校で教えた (2010.8.18 産経)

・ 日韓の国会議員が東京で討論会 歴史問題など解決目指す (2010/8/18 共同通信)





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